論理と感情はどうやって擦り合わせるの?
今、ネット上で橋下大阪市長を取り巻いて原発再稼働問題についての論争が盛り上がってるんだけど、あれは論争してたって何も解決しないんだよね。
なんでかって?
それはね。論理と感情が擦り合わないからなんだよ。
経済性を持ち出して論理で攻める論客の言ってることは合理的なんだけど、世の中は論理で回ってるんじゃなくて感情で回ってるんだよね。
だから、いくら合理的な案でも、国民感情の合意を得ないと空回りするだけになる。
世の中が感情で回ってる理由は何度も述べてきた部分なんだけど、おさらいしとくとこうだ。
世の中すべての知識を持つ全知全能の人なんていない。だから、人には得意分野と不得意分野がある。得意分野については論理的に判断できる人も、不得意分野では知識不足で感情的に判断することが多くなってしまう。
このとき、一つの事柄に対して考えると、よく知っていて論理的に判断できる人の数は、よく知らなくて感情的に判断する人の数より少なくなることがほとんどだ。とりわけ、複雑で難しく、生活から離れたものほどこの傾向は強化される。
よって、多数決で決まる世の中では、論理より感情が世界を動かす。
こんな感じ。
で、今回の問題は放射線や発電方法別のリスクという、感情に支配される傾向の極めて高いテーマを扱っているために、感情を動かさない限りは何も動かないんだよね。
でも、ただ感情的に合理的でない方に世の中進んで行っても、あんまりいいことなさそうだよね。
そうなると、じゃあどうすんの?って疑問が出ると思うんだけど、その答えになるのが【経験から学ぶ】ってことだ。
幼児教育でもそうなんだけど、知らない人に難しいこと教えるのには、やってみさせるのが一番いいんだよね。自分でやってみて結果を体験すると、そこから論理が実体験として入ってくる。そしてそれは忘れにくい知識となって残っていくんだよね。
これを今回の件に当てはめると、【原発再稼働できないままその結果を体験してもらえばいい】ってことになる。
論客は感情を動かすことができてないんだからさ、どの道そうなっていくとは思うんだけど、原発再稼働しないまま夏を迎えるでしょ。電力足りなくなるでしょ(ま、足りなくならないかもしれないけどさ)。で、電気代上がるでしょ(これはほぼ確実)。
これが嫌なら原発再稼働した方がいいんじゃない?的な感情も出てくるでしょ。ま、自然エネルギーだ!!って話になるかもしれないけどさ。そうなるとますます電気代上がっちゃうからね。
で、国民は感情の部分で気付くわけ。【原発なくして電気代も安いままなんてうまい話はなさそうだぞ。。。】ってね。
そしてそうやって、論理的合理性に感情が擦り合わされていく。
こういうのがさ、あの有名な【神々の見えざる手】ってやつなんだと思うよ。市場経済も世の中も、こうやって試行錯誤しながらゆっくりと感情を変えながら調整されていくんだよ。
得意分野で知識も豊富にある人は、その歩みの遅さに辟易してイライラしちゃうかもしれないけどさ。世の中そんなもんなんだよ。
この歩みを早めたいなら方法は一つ。国民感情を動かすこと。これに尽きるんだよね。
そういった意味で、橋下大阪市長は頑張ってると思うよ。国民感情を動かすことに成功してる。世の中の歩みを早めてる。
政治ってこういうことなんだよね。
世の論客たちには、国民感情を動かす方法についての議論も深めてほしいと思うな。我こそはと思う論客のみなさん。よろしくお願いしますね~♪

