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2011年6月16日 (木)

英語教育は英語生活に。。。






世界はグローバル化している。その本質は情報格差の縮小・解消だ。


インターネットが普及し、一般的になったことで、今は世界中どこにいても新しい情報が瞬時に伝わるし、必要な情報にも瞬時にアクセスすることができる。昔のように情報の伝達に数日も数週間もかかるということはないのだ。


こういった状況になれば、モノ・サービスの価格も瞬時に伝わるので特異性のない平凡なものは世界中でのグローバルな価格平準化が起こる。


こうして、割高になりすぎた日本人労働力にはどんどんオファーがなくなり、今回の電力不足もあいまって早晩“労働集約的単純労働者”は激減するだろう。


こういった中で日本人労働者が生き残るには、創造的であったり高度な知識が必要であったりする“頭脳集約的知識労働”に移行することが必要だ。


しかし、実はここも万全ではない。なんとここでも留学生によって雇用がどんどん奪われている。日本人はその労働力に価値を認められなくなってきているのだ。もはや日本人に働き口はないと言ってもいい状況だ。





このように、今後は留学生と労働シェアを奪い合わなければならないのだけれど、そのために必要な能力とはなんだろうか?


全く盛り上がらない国内市場。政府による企業活動への圧迫。などから考えると、やはり企業は世界を相手に商売するしかない。


そこでまず必要になるのは外語力。とりわけ英語力だろう。今後世界の頭脳集約的知識労働をけん引していくであろうインドは英語力によって発展して来ているし、グローバル化された情報に瞬時にアクセスするためにも英語力は必須だ。もちろん、就職ではなく起業する場合にも英語力は必須だろう。(中国語もそれなりには重要だが、中国はブルーカラー労働力の安さで発展してきている。ホワイトカラーについては中国でも英語力が重要。)


しかし、今の日本の英語教育は全くお粗末としか言いようのないものだ。英語教師は英語が喋れず、外国人アシスタントも週に数時間だけという状況。これで英語が喋れるようになるわけがない。また、今のようなペーパー中心の学習では英語を一度日本語に直して理解する必要があり効率も悪い。


これからの時代、英語は日本語と同じように教育よりも生活にシフトしていくべきだろう。





教育でなく生活の一部に。という視点で考えた場合、やはり就学前のとりくみが重要となってくる。できるだけ幼少の時期から英語に触れ、自然に身につけるのが効果的だろう。


しかし、就学前教育・保育に携わる専門職員のほとんどは英語など全く喋れない。これは由々しき問題だと思う。


次善の策として、やはり幼稚園・保育園にはネイティブを話す職員を常駐させ、生活の中で、毎日、自然に英語に触れることができるようにすることが必要ではないだろうか。


個々の施設レベルで英語に力を入れることも重要ではあるけれども、この問題は国策として、将来への投資としてとりくむべき問題なのではないかと思う。。。





もちろん、僕一人が儲けるためには国策ではなくニッチな部分で経営した方がいいんだけど、個人的な感情としては日本という国全体で幸せになって欲しいと思うんだよね。子孫のためにも。



さあ、みんなぁで幸せの方へ進んでみんかえ?







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