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2011年9月 9日 (金)

格差はあってしかるべき。






世の中なんだか格差格差って、差があるのがいけないみたいな風潮があるけど、差ってのはあって当たり前じゃないの?って思う。





例えばあなたが、ものすごく頑張って生きていて、成果も出してるとする。

他方、すごく適当に生きていて、成果も出してない人がいる。

待遇一緒でいい?  絶対イヤでしょ?  僕もイヤです。



この差って、あっちゃいけないものなの?





僕は頑張って成果を出したらそれ相応の待遇が得られる社会がいいし、適当な生き方をしている人が頑張ってる人たちのお金を使ってのんびり優雅に生活しているような社会は納得がいかない。



もちろん、頑張っても成果の出せない人も世の中にはいる。だから、その人たちに対しての善意はみんな持ってるんだから、助けてあげればいい。でも、それは例外であって主流ではない。

だから、この部分への補助は別に考えればいいことであって、これをもって『差があることがいけない』とはならない。





そもそも、何の取り得もない人なんて、世の中そうそうはいない。体力自慢もいれば考えるのが得意な人もいる。手先の器用な人もいれば、忍耐力のある人もいる。創り出すことが得意な人もいればルーチンワークが得意な人もいる。

みんな何か得意なものがあって、不得意なものがある。





ただ、頑張りと成果を無視した格差の固定はよくないよ。年功序列と年金・社会保障による世代間格差とか、出自による差別とかね。





大事なのは、みんなが自分の得意を活かせる場所を見つけ、頑張りと成果に応じた正当な待遇が得られること。

そのためにはやっぱり労働市場の流動化、柔軟な労働市場の創出ってのが必要になってくるよね。

みんなが自分の得意を活かせる仕事と出会えるまで何度でも再チャレンジできる社会、起業や政治の世界へもチャレンジしやすい社会、つまり失敗を許容し、チャレンジのリスクをできる限り低く抑えるための制度設計が望まれるところだ。





ま、そうは言っても日本って国はなかなか変わりそうにはないから、子どもたちが将来できるだけ選択ミスをしないで済むように、自分の得意を早くから見つけ、伸ばし、自覚を持って選択できるように成長をサポートしていくとしましょう。。。







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