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2011年9月10日 (土)

飛び級はいけないの?






前回の格差の話とも関連するけど、飛び級ってあってしかるべきだと思うんだよね。





学力、というか学習の進行度が違う子どもたちを一括りにするのは無理があると思わない?





同じクラスの中に1~100の中の10くらいしかわかってない子どもと90くらいわかってる子どもがいるとする。


教える側は“個性を大事に”“一人ひとりを大切に”なんて言われるから両方の子に配慮して教えるだろうけど、あっちをとればこっちが廃る状況になって授業のスピードはものすごく落ちる。


逆に両極端に時間を割けないからって平均的な40~60くらいの理解度の子どもたちを中心に教えていくと、授業自体はスムーズに進むだろうけど90わかってる子は本当はもっとどんどん進むことができるのに頭を打たれるし、10しかわかってない子とか20しかわかってない子はどんどんついていけなくなって落ちこぼれることになる。







こんなんって、子どもたちにとっていい状況だと思う?





これ、僕はダメだと思うんだよね。







年齢で授業内容を決めるなんてすごく効率悪いし、いい人材は育ちにくく、落ちこぼれもつくりやすいんだから、全く持ってナンセンスだ。


でも、今の教育長とかやってる人って、『同じクラスの中にいろんな子どもがいるのがいいんだ』みたいに言っちゃってるわけなんだよね。


そりゃもちろん、学習の習得度以外の部分、たとえば性格とか、遊び方とか、ユーモアとか、そんな純個性なところは多様である方がいいに決まってるよ。


でも、学習の習得度は同じクラスでは揃えた方がいいでしょうよ。学習の習得度が同じくらいの子を集めても、十分個性の光る多様な子どもたちが集まると思うよ。







で、なかなか授業内容がわからない子どもたちには、ちゃんとわかるまでゆっくり教えられるクラスをつくる。

すごくよくわかってる子どもたちには、どんどん新しい内容を教えられるスピード感のあるクラスをつくる。

みんな学習に関しては満足するよね。





で、ここに学年っていう概念が幅を利かせて、『同じ学年で授業内容が違うのはどうなんだ?』なんていうことになるならそこが飛び級と留年の出番だ。

学習の理解が早いなら学年を超えていけばいいし、理解できてないなら理解できるまでやればいい。


わかってることを延々繰り返されたり、わからないままクラスにただいるよりもよっぽどそっちの方が楽しいぜ?







ただ、ここで声を大にして言っておきたいことがある。

『僻むな!!』



学習の理解・習得度なんて、みんなにある得意・不得意のうちの一つに過ぎないんだから、誰かが先に行ってもいいじゃないか。

先に行った子は将来それを生かしてきっと活躍し、税金もいっぱい払ってくれるさ。

キミはキミの得意を伸ばせばいいんだよ。世の中勉強だけが全てじゃない。キミはキミのやり方で活躍すればいいんだ。







人間って多様なんだからさ。そろそろ新卒一括採用なんてアホらしいこともやめた方がいいんでない?







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